26/4/27
何だかんだで週1位で歯医者通いをしている。
今修理中の所が、やっと終了して被せ物をつけると、物を食べたとたんに引っかかってせり上がって取れてしまう。1か所は2度繰り返し、もう1か所もやっと収まっていた所まで引き連れて取れてしまった。
さんざん悩んだのは先生も一緒で、結局被せ物を作り直す事になった。
歯そのものは壊しては直しを繰り返し、自分の歯はほとんどが根元しかない状況だが、「面倒だ」と総入れ歯にしないのは「自分の歯の方が絶対に良いから」という先生の信念らしい。
ただし、この先生、君子豹変すの代表で新しい考え方が出るとどんどん切り替えていくので、ついて行くのは結構大変なのだが…。それでも「もっと良いやり方はないか」とアンテナを高くしているのはありがたい事だ。
26/4/25
新茶の季節がやって来た。例年通り新茶の送り状の写真を撮りにまずは近場の玉露の里へ行ってみた。
季節は早々と進んでいるようで、もう1度摘んだ後に芽が伸びているのではないかと思うのだが、きれいに出そろっていた。もっとも玉露が主なので主だったところは寒冷紗で覆われてしまっているのだが…。
それにしても、ちょっと高い所から見渡せば、あちらこちらに茶畑が見えたはずなのだが、ほとんど無くなってしまっている。これではとても生産量日本1の回復はできないだろうなぁと思ってしまった。
そういえば、諸物価上昇に合わせてお茶屋さんからの新茶の案内も今まで100gで扱っていたものが80gにして値段はそのままにしたようだ。つまり20g分の値上げ。それでも季節の味わいは残したいものだ。
26/4/24
しばらく前から計画していた給湯器の交換がやっと終わった。
メインは風呂の給湯なのだが、昨年の夏あたりからガスと水道の料金が爆上がりしていた。問題は風呂だろうとは分かっていたが、年末にまずは風呂桶の水栓を変えてもらった。その時に給湯器もとは思っていたのだが、バタバタしている間にすっかり忘れてしまっていた。
しかしこの給湯器、大幅な家のリフォーム前からの物で、かなりのロートル。逆にいえばここまでよく持ってくれた。ただ、リフォーム前からあったため、台所のリモコンが上にある棚のために、上手く外れないというアクシデントがあった。この後使うものではないので設置の業者さんが少々お手荒に外してくれたが…。
同じメーカーのため、リモコンなどの基本的な使い方は同じ。ただ、だんだんと効率が良くなっているようで、小型化している。
以前の給湯機並みに働いてくれれば、これで人生の終わりまで伴走してくれても良いはずだ。
26/4/11
夕方から志太常磐松会会長宅で、有志で今年度の企画会議兼懇親会。とりあえず6名で。
このメンバーだけでこの3月にお2人の先輩が亡くなられたのが確認された。
また、しばらくぶりでお会いした石津の先輩はくも膜下出血をやったとかで、発見が早く見た目の障害は無さそうだが、奥様が心配して飲み会の前に迎えに来られた。
とりあえず、今年どうする?がメインテーマで、予算も乏しくなっている中、何かの企画と資金集めをどうするかが当面の課題。
例えば会社をされているOBに寄付をお願いするとしても、企画がない事には頼みにくい。実は志太は参加メンバーに企業経営者が多かった事もあり、当初は有志でお金を出し合っての企画が多く、機関誌にはOB企業の広告も載せていた。
上がだんだんと亡くなられて、下はOB会など興味が無いようで入って来ない状況では存続意味も含めて考えなければならないのかもしれない。
26/4/7
3月末に修理した歯の被せ物が2~3日で取れてしまい、上手く回収できたので今日持って行った。幸い「このまま使えるよ」とまた付けてくれたのだが、夕飯を食べている内に「ずれたかも」と思って口の中を探している内に、またそのままポロリと取れたのを回収できた。
このところメチャクチャに混んでいていつ終わるか予測も付かない歯医者だが、そのままにしておくわけにもいかず、こちらも時間が足りないのだが、困ったものだ。
26/4/4
2月前に通販で注文をした品がバラバラに、しかし結局最後の品が今日到着した。本来一括してくるはずの請求書がその度に来たりして、かなりイライラした。
先方としては手書きの伝票が読みにくかったようだが、数字というものはよほどの事があっても読み違いが少ないから、商品番号というものを付けているのにと腹が立った。
26/4/2
桜のある内にと花見に行った。
まずは岡部の玉露の里。家の周りの桜はまだこれからなのに意外な事にもう散り始め。昨日までの雨で朝比奈川の水量が多すぎて怖いほどの勢いで流れていた。ここのお庭は山野草が豊富なのだが、かろうじていくらか芽を確認したが、ずいぶんと減ってしまった気がして残念だ。
週末はまた天気が悪そうなのでついでに田中城下屋敷の桜も見に行った。櫓から俯瞰で見る桜が綺麗なのだが、こちらもやや枝が目立つ。ただ、こちらは満開手前。川沿いを少し歩いて駐車場に戻ったところで志太常磐松の大先輩にバッタリとお会いした。先方もカメラを提げてこれから散歩がてらのお花見。午前中は瀬戸川沿いを歩いてきたそうだ。「左足の血管が詰まっているらしくて、すぐ痛くて歩けなくなるんだ」と仰っていたが、リハビリも兼ねてせっせと歩いておられるそうだ。
「せっかくここまで来たのならゴルフ場の方まで行かなくちゃ」と言われた。ここの川は小さいのだが、ちょうど良い感じに両岸の桜が合わさって見えるそうだ。疲れてもいたので、その情報は来年の楽しみに取っておくことににした。
26/4/1
徳川慶喜家が家じまいをするとネットニュースで見た。
現在の当主は5代目に当たるそうだ。徳川慶喜と言う人は大政奉還をしてあっさりと静岡で隠居をし大きな混乱なく明治時代を作った陰の立役者、明治天皇もそれを分かって公爵家として独立した家を興す事を認めたのだろう。
さらに、2代目の慶久の妻は有栖川宮威仁の娘、さらにその娘は高松宮妃・喜久子様。高松宮ご夫妻には子供が居なかったので、喜久子妃はご結婚後も弟妹を大切にしていたようだ。と言うお宅なので、かなり何気ない貴重な資料があるのではないかと思う。
もっとも先代と当代が考えたのはまずは広大なお墓の管理ができない事からの墓じまいであったらしい。もちろん色々な資料の散逸も心配だったようだが、これだけのお宅でもきちんと後始末をするのは、ずいぶんと大変な事であるらしい。
実は3代目世代である喜久子妃の妹さん方がそれぞれに回想録のような本を出版している。『徳川慶喜家の子ども部屋』(榊原喜佐子著/草思社)・『徳川おてんば姫』(井出久美子著/東京キララ社)。ちょっとした気まぐれから買った本だが、この妹さん達は子ども時代にご両親が亡くなっているので、姉である喜久子妃がずいぶんと気を配っておられたようだ。
3月
5月