26/3/22
大相撲は千秋楽。霧島の優勝で終わったが、優勝が決まった昨日も今日も霧島が負けてしまったのはちょっと残念だった。力が拮抗しているから仕方がないのかもしれないが…。
もっと気になったのが安青錦の負け越し。先場所優勝して大関に上がり、「次は横綱を目指す」と本人が言うのはともかく、親方衆もマスコミもそれに乗って煽り立てた事だった。そもそも大関に上るだけでも大変な事、さらには周りの関取衆はみんな『打倒、安青錦』の研究をしてくるはず。少なくとも責任のある親方衆は「まず大関としての足固めを」と引き締めるべきだった。
ケガ人が目立つのも、出たり休んだりする力士が居るのも何だかなのだが、安全配慮が必要なのも確かなので、時代の流れで仕方がないのかもしれない。
次は良い気候のはずの5月場所、新旧交代のコマが揃ってきている事もあって楽しみだ。
26/3/17
彼岸の入りなので八王子までT家のお墓参り。このお墓は休みの日には道路が渋滞しすぎて行きたくない。さらに今の車では雪になりそうな天気ではもちろん無理。さらにもう私の体調と相談をしながらでないと遠すぎる。
それらをクリアして、10時過ぎにスタート。東名はあちこちで工事中だが、渋滞で止まる事もなく静々と進む。何せ今乗っている車、アクセルの踏み込み分だけ仕事をするので、前との車間距離だけを見ていると結構スピードが不安定になる。ガソリン代も高いので飛ばすことなく、コンスタントに90km/h程度。
しかし、富士五湖道に入ると外の地面は雪が残っているし、道路は融雪剤で白くなり、しかも空模様も曇りがち。何とか昼過ぎには中央道に入り、谷村PAでお昼。
中央道は空いていたが、圏央道は渋滞マーク。しかし、車は多いものの西八王子ICまではスムーズに進んでくれた。
午後に入っていたためか、彼岸の入りというのに石屋さんもお墓も静か。石屋さんは若い衆ではなくご主人が助っ人(ご兄弟かお友達か)と留守番をしていた。
お墓で花を立ててお線香をあげてしばし。相変わらず線香がなかなかつかず、線香の点火台で他所の方とぼやきながら火を点ける事に…。
お線香のついている間に一山超えた親戚のお墓へ。昔はホイホイと歩いて行ったものだが、最近はしっかりと車移動。こちらも誰も来ていないようだったが、父の従弟に当たる叔父さんが昨年亡くなられたようで、ビックリした。
帰り道、静かなのが詰まらなくなったTANUKIがカーナビをつけたが、新東名へ案内されかけ(その方が早い?)却下して東名へまわった。車も腹ペコで、御殿場IC手前でカードを持っているスタンドで給油したが、カードは使えるのにスマホの割引はお店が違うと使えずにがっかりした。
4時を回った東名はかなり車、特にトラックが多く、様々な道路工事は終わっていたが、帰りも静々と安全速度で帰ってきた。
帰り着いたら大相撲の終わり4番、猫にご褒美のちゅ~るを食べさせながら見ることができた。
26/3/11
東日本大震災から15年、テレビでは追悼や振り返りの番組が続いている。
こちらもかなり揺れたので『ちょうど民児協の地区定例会中だったよな』という記憶は鮮明だったが、細かい記憶は消し飛んでいる。ダンナも当時の職場で避難所開設に当たっていたようだ。
それよりさらに驚いたのは、翌々日に父の3回忌前の墓参りに八王子まで車で行っていた事だ。かなり交通が混乱した記憶は残っているのだが、この時はまだ道路はスムーズに走れたらしい。こちらでもかなりの揺れがあったし、母はかなり体調が悪く4匹ネコズと家に居たはずだし、よくまあ思い切ったと今にして思う。こちらでは卒業式・入学式などの学校行事も普通にあったようだ。15年の時間は私の記憶の中ではずいぶんと風化してしまった。
しかし、特に福島の原発事故の被災地では復興もまだまだだが、忘れることなく、しかし前を向いて先を見つめてほしい。
26/3/8
東日本大震災から今年で15年だそうだ。海端の町なので、それ以来、今頃の季節に町をあげて津波避難訓練をやっている。
訓練スタートから同法無線・メール・LINEで情報が次々と入ってくる。
我々がする事は、申し合わせた避難場所で組長さんに出席票を渡すだけだが、今回うちの組は2/3程度の家族が避難訓練に参加した。
ただし、避難する建物、農協の2階建てビルの屋上を使わせてもらっているのだが、外階段の蹴上がかなり高い。家のダンナは「あの階段で眩暈を起こしたら困る」と階段下で待機。裏のご主人も「もう上がれない」と欠席。ただし、ご近所の大長老(90歳を超えたか?)は近くの方が介添えをして上まで登って来られた。
前は海、後ろは川なので高い所へ行くのはセオリーだが、登れない人をどうするのかの対策は他の避難場所も含め検討が必要だと思う。
26/3/6
パラリンピックが始まった。オリンピックでは個人扱いだったロシアやベラルーシの選手も国として出るらしい。一部の国がこれに反発をしているが、アメリカやイスラエルがイランという主権国家にミサイルを撃ち込んで戦争状態になっている今、それに何も言えないのなら国際社会として片手落ちとしか言えまい。
この際、世界は各地で戦争状態となり平和とは言えないが、せめてこのパラリンピックの場では技を競い、共にリスペクトしようとしか言いようが無いのではないだろうか。
26/3/4
田原本の従妹の所は金光教の教会だ。毎月初めに機関誌の『いのち』を送ってくれる。当然ながら宗教臭いのだが、今月の巻頭言は『木の元へ肥料をやれば、枝ぶりまで栄える。先祖や親を大切にすれば繁盛させて下さる。』という教えの解説になっている。
ある所に梅見に行って見事な花と花を詠んだ和歌の短冊が沢山あった。しかし、根をたたえた歌が無いのを残念に思われた方が居た。根がしっかりと働いているからこそ見事な花が咲くものをという事だと。
教祖様も江戸末期の農家の方だが、こちらも農学徒の片割れ、つい先を考えてしまった。だからと言って根元にガンガン肥料や水をやれば良いというものでもないのにと。
その根元の土には大量の命が生きている。ネズミやモグラなどの哺乳類からヘビやトカゲ、蟻などの昆虫、蜘蛛、キノコなどの菌類、細菌類やウイルスまで、さらには植物の種や球根・根も色々とスタンバイしているだろう。プラスに働くものもマイナスに働くものも、それぞれの命を生きながら、まわりと影響しあっている。
そもそもは親・先祖という自分のルーツを大切にという事なのかもしれないが、自分の立っている場を自分とは違う立場のものも含めてしっりと見つめ直す事が大事なのではないかと。
ここから急に話を飛ばしてしまって申し訳ないが、お葬式で幼い子供達が参列していると、どんな方の葬儀でも良いお葬式だなと何となく思う。子供達は退屈して走り回っていたり、雰囲気が違って泣いていたりするが、それでも亡くなられた方に、「命が次の世代にバトンタッチされて良かったね」と思う。
26/3/1
アメリカがまた戦争を始めた。今回はイスラエルと組んでイランを攻撃した。
ここ何十年もアメリカはわざわざ遠方にある中東地域で戦争を仕掛けている。アフガニスタン・イラクそして今回はイラン、あの地域の人々を殺し、荒れ地にし不安定化させる事にどんな意味があるのだろうか。
地球そのものの存立はともかく、人類にとってはずいぶんと住みにくい環境になっている地球。生態系を破壊すれば自分達だけ生き延びられるなどと言う楽観的な考えは根拠を欠く。イスラエルやアメリカの最終目標は人類の滅亡なのだろうか…。